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   フェアリーズエメラルド 二次創作ショートストーリー Houbou様から戴きました!

     FEAA(フェアリーズ・エメラルド アナザー・アクシス)

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   FEAA 第五話 さだめ


− 前聖王国暦2年(レイ暦214年) グーラント山山頂付近 −

すっかり風化して、ザラザラな肌をさらす岩に男が座り込んだ。
しかし、どうも尻がごつごつして、ひとやすみするには心地が悪い。
男は再び歩き出し、やや平らな所に砂場を見つけ落ち着いた。

足を伸ばすと砂から伝わる温もりが疲れを溶かしてくれた。
砂についた手でなんとなく表面を撫でると、寄せられて盛り上がった砂が、甲を被い流れ落ちる感触が
愉しかった。残念なことに砂は意外と浅く、風で運ばれては溜まったのだろう、何度か手を往復させる
と、冷たい岩が現れる。再び暖かい地を探してを繰り返しているうちに、硬いものが当たったので砂を
どけたところ、淡い緑色の結晶が出てきた。

 厳(おごそ)かだが、どこか寂しそうな塊

真下の岩とは異質なそれは、柔らかい部分が浸食されて残ったわけではない。
転げて来たのか、或いは誰かが置いたのか……とにかく在った。

 「エメラルドとは違うようだな」


数日の散策を終えて戻ったアムクンは、早速、工房に向かい、整頓された棚から乳鉢を取り出した。
グーラント山で発見した結晶を鏨(たがね)で叩き、欠片(かけら)を取り出すと乳鉢で粉末とした。

ノートを開き、棚に並ぶ壺から匙(さじ)で粉末をすくうと計量し、いくつかのルツボに入れた。
これを更にいくつかの壺について行うと、乳鉢の粉末を計量し、ノートに書きとめ、ルツボのひとつに
入れた。工房の隅には肌の状態で整理された金属塊が積まれ、水を張った石槽、かなどこ、やっとこ、
鎚などがある。

ルツボに純度を高めた鉄塊を入れ蓋をして炉にくべた。
いつものように炎の状態を調節していると、ひとつの蓋がポンと外れた。
それは見つけてきた結晶の粉末を入れたルツボで、きっと結晶から出たガスの仕業だろう。
それにしても、一瞬輝いて見えたのは気のせいだろうか。

 − チカラ  −
 − そんな  −
 − まだ   −
 − 押せるわ −

美しい声が聞こえた。
あたりを見回しても誰もいない。

 「空耳……か、」

作業も一段落したし、そういえば腹が減った。ヤギの乳を呑みチーズをかじると、疲れと炉から伝わる
熱とで次第にウトウトとしてきて、なんとも抗えない。どうせ、火が消えルツボが冷めるまでは時間が
あるし、火が消えれば土塀の工房はすぐに冷えてくるから目も覚めるだろう。

 − 海を渡り   −
 − 再びこの地に −

 「アムクン」

師匠の声に起こされた。
しばらく空いていた工房に火が入ったようなので見に来たらしい。
ふと炉を見ると、まだ赤々としているから、それほど経っていないようだ。

 「アムクン、またやっておるのか」

アムクンは鍛冶師で、鉱物を採集しては鋼を鍛える日々を送っていた。鉱物の分量、組み合わせがどの
ように鋼を強化するのかを手探りしているのだが、師匠は気に入らないらしく、

 「学問は学者に任せて、職人なら腕を磨かんとな」

つい、口癖がでてしまった。

 (わしは、もしかしたら小言を言いに寄ったのか?)

自戒したところで出てしまったものは仕方が無いので、アムクンが採集したという結晶を眺めてごまか
した。この数年、アムクンは砂に水のごとく習得し、教えられることは教えてきた。
ひたすら業の研鑽に努めるなら相当な職人になると見込んでいるのだが、近頃は強い鋼で強い剣を打つ
ことに執着している。

 (その剣を振るう者の顔は見えているのだろうか?)

いつか知るだろう、と片付けてきた問いが、結晶を見つめるうちに、どうにも気になり出した。
言いかけてはのみ込み、しかしウズウズが止まない。
何故だわからないうちに、とうとう、

 「海の向こうには、神に奉げる剣を打つ刀工がいると聞く。
  北の島国から、更に東にある国でな、それは強い鋼で鍛えられた剣だそうな」

何か胸のつかえが除かれたようでサッパリした自分に気付いて、おい、となった。

 (わしは、何を言っているんだ。
  海の向こうだって?戦乱の地を越えるのだって危険だというのに)

とても自分の台詞(せりふ)とは思えないから、忘れてくれ、と言うつもりで振り返ると、

 「海を越えよと、まどろみのうちに、お告げがありました」

アムクンは真顔で、おかしなことを言い出した。

この馬鹿者は何を言っているのか?
お告げ?いつからシャーマンになったのだ。
山で食べた毒草にでも中(あた)って幻を見聞きしたに違いない。

 「お主、本気でしゃべっているのか?」

 「あの方が、そう望んでおいでなら。
  それに、」

 「それに、なんじゃ」

 「師匠の仰られた、強い鋼も見たく存じます」

ああ、やはりそこか。
この者は、興味の向く先なら寝食を忘れるタイプだ。
だいぶ前も南北に向けて鉄を鍛えると磁気を帯びると教えたら、やれ焼け色が、それ叩き方がとゾンビ
状態になるまでやっとった。そこまでして出来たのは、

 『従来より強い磁石』

流石に刃物とはしなかったが、師匠にしてみればトホホの極みを味わった気がした。

アムクンは師匠の何を察するでもなく、こうしてはいられないと、結晶を布でくるみ鍛冶道具を背嚢に
詰め出した。サバイバル道具一式、おっと実験ノートに食料と、ひととおりの仕度が出来たのか、

 「またここに戻れと仰られたので安心して下さい」

と出て行ってしまった。あれよ、あれよだった。


土塀の鍛冶工房。
炉の炎に半身を照らされ、ひとり残された男。
その表情は、なんとも不思議だった。
周囲はしかめてシワが寄っているが黒目は濁っていない。

 (わしは、止めようと思えば出来たのに、これでいいと思っていた。
  あやつめが言ったことを信じたというのか)

あの美しい声……

 − アムクンに     −
 − さだめを与えました −



− 聖王国暦204年 9月上旬、コーラレイ王国 アシエの町 −

トーンは『バナン記念寺院』を訪れていた。
グレイアーク城主、ニール・ノークルトから得た情報だった。

 「これとバナンの関係を知りたく存知、お伺いした次第」

 「ほぉ、異国の剣ですか、どれ」

カルラを院長に手渡し謂れを説明した。

 雨邦(アマクニ)作 迦楼羅(カルラ)。

 カルラは慈雨をもたらす仏に因んでつけられた名だそうだ。

 また、柄頭に取り付けられたT字型の把は、霊鳥の止まり木と伝わっている。

 その他のつくりは、特に手の込んだ装飾もなく、国では良くある刀だ。

 カルラを師に見せてくれ、というアマクニの遺言で旅をしている。

院長は両手に受けた剣を右から左に眺めると、鞘に取り付けられているプレートに気が付いた。
プレートは貴金属で出来ているらしく、古さを感じさせない光沢を湛(たた)え、その表面には特殊な
文様が刻まれていた。

 「これは、この国の古い文字ですな、
  こう彫られております」

 − 敬愛する師バナンに捧ぐ アムクン レイ暦231年 −

 「どうやら、この剣はバナンの弟子、アムクンが打ったようですな。
  今から、うーん……185年前の日付です」

院長は剣をトーンに戻し、裏庭にあるバナンの墓石へと案内すると、どこかへ行ってしまった。
墓石には花輪が供えてあったが、随分以前のものらしく、すっかり枯れて褪(あ)せていた。
誰も片付けないのだろうか?

トーンは墓石の前に剣を置き合掌したが、長旅を想って去来する何かではなく、むしろ呆気なさを感じ
ていた。再び剣を取り、刀身を見つめてみたが、からっぽの正体は分からない。

 − ごめんなさい −
 − あなたの旅は −
 − まだ     −

誰かの声がしたようなので振り返ると、

 「ここにアムクンという名があります」

いつの間にか院長が戻ってきて、古い革表紙の冊子を開き、指をさしている。
それは、バナンの弟子の名を記したページのようで、名の横には数字が付記されていた。

 「アムクンの没年が不詳なのは、異国に渡り戻らなかった……。
  ここで錆びるのは忍びない、その剣のあり場所は、」

院長は、何か思うところがありそうに冊子を閉じると、城に案内すると言った。

  :
  :
  :

− ローブルス城 −

ホールで待っていると、院長と文官らしい装束の男が現れた。

 「私はこの国の宰相を務めております、ラート・ザスルと申します。
 院長からお話は伺いましたが、さて、」

ラートはトーンを見て話を切った。
トーンは遺言を果たしたと思っているのだから、「バナンの作品と共に城で保管する」と言えば喜ぶだ
ろう。師弟仲良く、末永く輝きを保てるのなら、それに越したことはないと。
実際、ラートは、そのように言うつもりでいたのだが、

 「お預かりする前に、この国は長らく旱(ひでり)に悩まされております。
  神頼み、とでも申しましょうか……?!」

ぎょっとした。
まるで頭に無かった事が口から勝手に飛び出したのだ。

 「ははは、言い伝えが真かどうか存知ませぬが」

トーンはラートと共にホールを出て、恭(うやうや)しく剣を天にかざし、それらしい祝詞をあげた。

 御迦楼羅天に請い願い上げ奉りまする

 雨を降らせ給え

 オン・ガルダヤ・ソワカ!

うんとも、すんとも言わない空。
せめて、雲ぐらいは出てもよかろう。
両者、見上げたまま気まずい数分が流れ、

 「何も、起こりませんね」

期待があったのか無いのか分からない調子はラートだ。

 「……」

何も言わず、否、言えずに剣を納めるトーン。

その様子を興味深げに見守る無邪気な目があった。
刀身の反射光がテラスに出ていた少年を惹きつけ、確かに「こっちへおいで」と聞こえたから、走り出
した。少年はホールに戻ったトーンとラートの前に現れると、

 「異人だ!」

と言ってしまったから、はしたないですぞ王子、とラートに窘(たしな)められてしまった。

トーンは王子と聞いたので、挨拶にと膝をつこうとしたところ、足元に落ちた何かが王子の方へ滑って
行ってしまった。それは国を出るとき神主が授けてくれた御守りで、首から提げていたものだったが、
どういうわけか紐が切れたようだ。
おまけに口が開き、綿に包まれた緑色の物が「こんにちは」していては子供には堪らない。
拾い上げて綿から取り出すと、親指大のきれいな結晶だった。

王子はつまんで周囲を透かし見ると、「是非欲しい」という顔をしたものだから、今度はトーンが堪ら
なくなった。丁重に挨拶を済ませ、御守りの説明を加えて切れた紐を固く結ぶと、

 「謹んで若様に奉り候」

王子は、ちらっとラートを見ると、ラートが頷いたので、益々の笑顔。
トーンの掌からやさしく袋をつまみ取ると、

 「トーン、大切にするからね、ありがとう」

再び走り去った。

紐の切り口は、ほつれ、しぼみなど見当たらなかったのだが、誰がそんな謎に挑もうか。
トーンは剣をラートに託し、礼拝堂を訪ねていたマテクが戻るのを待って城をあとにした。

− その晩 −

 「果たして、これでよかったのか」

ラートは執務室で、うーん、という顔をしている。
外はとうに暮れ、暗闇が広がっているだけなのに窓の外を眺めているのは、急に迷いが出たらしい。
なぜなら、異国から遥々(はるばる)やって来た者は、まだやり遂げていないのだ。

バナンの墓はローブルス城から遥か西の山中、『古の神殿』に”も”ある。
ありていに言えば、そちらが正だ。
城から向かうとなると国をほぼ横断することになるが、今夏の記録的な雨不足で中央部の村落では食料
と水、飼葉を旅人に出す余裕などないだろう。

アマクニの意味は「雨の国」とトーンから聞いた。
アムクンは水が不足しがちな故郷を想って、異国の言葉をあて、そう名乗ったのか。
しみじみとしていると、さー、つつ、つと水の筋が窓に出来始め、やがて大粒の雨がまっすぐに降り出
した。

 「これは?!」




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