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   フェアリーズエメラルド 二次創作ショートストーリー Houbou様から戴きました!

     FEAA(フェアリーズ・エメラルド アナザー・アクシス)

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   FEAA 第四話 砂漠の民


ラーナンド平原はこの地方のほぼ中央一帯を占め、南北を囲むように森林が広がっている。
平原の東側は湖沼地帯であり、なかでもカルテス湖は王国随一の水量を誇り、グレイアーク城をはじめ
とする近隣集落の水がめとして大切にされている。

そういった村々のひとつ、アイヒェルの村から2キロほどの山中。
その一角に建てられた丸太小屋からは煙が立ち昇り、外壁には鋭く両断された木片が整然と積まれてい
て、どこか酸味を帯びたようなツンとする空気が漂っている。
ちょっと先の切り株には、太い柄を天に向けて大型の刃物がザックリとぶっ刺さっていた。

東側には踏み固められて下草がはげた通路が伸び、その先には柵の作りかけだろうか、数本の杭が打ち
込まれているのだが、背丈が不揃いで、どれもささくれ立っていた。

小屋の西側には南北に小道が通っており、重々しい感じの幅広の跡が森から這い出し、村のある南へ向
かう道には荷馬車の轍(わだち)ができていた。

先ほどから小屋を出入りしている娘は小屋の北側に掘られた井戸から汲み出しては運んでいるのだが、
桶ひとつではなかなか仕事にならない様子だ。斧の主は不在なのだろう。

 「女がひとりか、まずいな。
  奴等は何人だ?」

森に潜む影がひとつ。

 「7、ってところかな」

答えた影がもうひとつ。

 「仕留めきれんな。
  逃げるにしても、女の足ではジリ貧」

 「でも、やるしか」

 「ああ、ここで怯んでたら、長老に殺されちまう」

 「だね」

 「行くぞ」

二人組みの男はまっすぐに小屋へと向かった。
風が木々の間をすり抜けるようだが、腰の線がまったくぶれない。
よほど鍛えられた足腰なのだろう。
声が届きそうな距離まで到ると、両手を挙げて娘に近づきつつ、

 「突然スマン、聴いてくれ。じきに……!」

押し迫る状況で言葉が途切れたのは、何か異常な光景を見たに違いない。

 「これは、」

男達が交わした目線は、驚きというよりは、思わぬラッキーを拾ったという感じだった。

 ばしゃーん

いま、つるべが水を打った。
井戸から一歩下がった娘は両の手にナイフを構えて無言で男達を睨みつけている。
肩が上下していないのは、静かな呼吸、落ち着いている証拠だ。

 「じきに賊が来る。ピラーノの手の者達だ」

 「!!」

娘の表情が緊張から暗へ転じ、覚悟へと変わった。かなりまずいらしい。

ワッツ・ピラーノ。
2年ほど前に州境のエンドルアード側、クライン砦を任された小役人である。

街道を遮断するように建てられた砦は外敵への備えよりはむしろ関所として機能し、物流が著しく滞る
ようになった。要するにヴァール・ウォードに反抗的なニール・ノークルトへの嫌がらせが目的だ。
やれ書類が足りない、不備がある。これは規制品目だ、害虫駆除が必要だ、盗品の疑いなどなど様々な
理由をつけては保留、没収やりたい放題で、いまや砦の倉庫は宝の山となっている。

これだけではない。ピラーノの赴任後には、砦を”運良く通過できた”隊商の山賊被害が増加した。
人は皆殺しにされ、めぼしい積荷だけが奪われるという、これまでと異質な手口が横行し出したのだ。

 山賊に偽装したピラーノの手下が殺しを楽しんでいる

との見方が広がっていた。

 「ピラーノの手下なら地の利はこちらにあるわ。あなた達、山の民の出でしょ」

男のひとりがニヤリ、と笑って、

 「あんた、ナイフ使いなんだな、山にも詳しそうだし正直ホッとした」

気さくな笑顔だった。
が、傍らで沈黙を続けるもうひとりは、硬い表情を崩さない。
賊と言っても所詮は兵士崩れ。山道ではこちらが有利だろう。
懸念は何だろうか?

 「どういうこと?」

 「危険な奴がいる」

 「……」

 「何にせよ、すぐに逃げてくれ、奴等は南西から来る」

やはり、おかしい。
今から3人で逃げれば間に合うだろう。
娘はこのあたりの地形を熟知している。

 「待って、一緒に行きましょう。案内するわ」

 「いや、ピラーノの兵だけならそれもアリだ。
  山中で奴に追われるとなると、あんたの安全を保障できない」

 「俺達がここで足止めするから、ひとりで逃げてくれ。
  奴は、」

小屋から数百メートル。
薄暗い獣道を伝う一団。
装束はさまざまで纏まりがないが、先頭を行く者を除けばブーツと得物は正規兵に支給されるそれだ。

 「まったく、都落ちして正解だったな」

 「ああ、山賊ごっこじゃ馬に乗れないのはくたびれるが」

 「なにせ、公示前のインサイダー情報」

 「うまく行けばしばらく遊べるってか」

 「ばーか、うまく行くんだよ。なにせターゲットは子犬なんだからな」

何の話だろう。
楽しそうだが口元からは悪意が漏れ出している。
それに先頭の男。
眼光の鋭さは悪人Lv20を超えている。
おや?井戸端で何か起こったようだ。

 「待って、来る」

 「くそっ!」

 「奴等じゃない、北から…馬がいち…ひとがいち、」

小屋の周囲はきれいに伐採されているので森が止み、ぽかんと明るくなる。
森から抜けて来た一行の姿がにわかにあらわになった。

 「いやー、やっとひらけたところに出ましたな、坊様。尻が痛くなったでござろう」

 「ご心配なく」

 「おお、あそこに人影が。やや、井戸か!
  ちょうどいい、水をいただかせてもらいましょう。おーーい」

馬上にはスキンヘッドの老人、その横でにこやかに手を振る男は腰から大小の柄をのぞかせ右肩からも
一本生えていた。どちらもマント姿で、旅の途中らしい。
このKY極まりない珍客は尚もずかずか歩み寄り、小屋から出る煙に誘われ来る脅威を更に危険なもの
としているようだ。

 「奴等に聞こえたよね、でも馬だ」

 「俺が行く」

ひとりが大急ぎでトーンとマテクに駆け寄り、

 「説明している暇は無い。
  あの娘を馬に乗せ、この道の先にある村で警戒を呼びかけろ」

しかしトーンは笑顔を消し去り右前方を凝視している。
馬は一瞬いなないたが、すぐに鎮められ、尻をポンと叩かれると小屋へと向った。
マテクが手を伸べて娘に何か話したが、娘は乗る素振りではない。

わらわらと沸いて出る複数の人影。
声を聞きつけ歩を速めたのだろう。
そして、村への道上に2名残った。

小屋の反対側にある井戸は賊からは見えなかったので、トーンの前に5名が並び、うちひとりは山の民
出身という若者と睨み合っている。
先に動いたのはボスらしき男だった。

 「ちょっと訊くけどよぉ。
  この辺に、レックスっつーガキが居るって話なんだが、知ってたら教えてくれ」

 「知らぬな。見ての通り旅の途中でな」

 「じゃぁ、そっちのお嬢ちゃんは?」

気が付かれた!
身を隠す暇がなかったのが悔しい。

 「このあたりの村のもんだろ?」

 「知らないわ」

 「隠すとためにならないぜ。俺達は通りすがりってわけじゃねぇ。
  この意味、わかるよな」

面が割れた以上は生かしておけぬ。助かるにはレックスという少年の情報を与え、彼らが仕事を終える
まで良くて檻の中、そういう意味だ。

 逆賊レックス・エンドルの捕縛とエメラルドに関する布令

が出されたのは、この数日後である。
つまり、ピラーノはフライングしたのだ。
山賊に扮した部下にレックスなる少年を捕らえさせ手柄を横取りしようという魂胆だ。

しばしの静寂。

 薪の燃えるにおい

 葉のこすれる音

 下草を撫でわたる風

 「しかたがねぇな」

両陣営一斉に抜刀した。
直後、ひとりがトーンに向かって大振りの一撃!
両者とも、必殺の間合いではなかったが、当たれば怪我をする距離だ。
トーンは水平に腹を払い、手応えはあったが、右手に伝わってきたのはザラザラな金属質の振動。
相手は鎖帷子を着込んでいるようで、体勢を崩すことなく背後へと走り抜けた。
トーンが若者に問うた、顔を向けてはいない。

 「お主の方はどうじゃ?」

 「心配ない、こいつは俺の獲物だ」

若者は横に走り、トーンと距離をとった。
相手も不足無しというふうで、若者と平行に去っていく。
トーンは背後に回られたのだが、前を向いたままだ。
どこか負傷したのだろうか?
 
 正面には槍を構える者が!

 「わざと斬らせたな」

ぬるい打ち込みは位置取りのダミーで、よく訓練された動きだった。
残りの2名は躊躇無く小屋へと前進している。
分担と信頼、正規兵という噂は本当か。

 「観念しろ、ラグ!」

 「セカル、強がりは醜いぞ」

 「みくびるなよ」

 「盾がなくては、お前の棍も冴えなかろう」

若者の片割れは老人と娘を逃がすための隙をつくろうと必死に思案していた。
馬に乗ってくれれば可能性はゼロではないはずだ。
が、僧侶とおぼしき老人は馬から下り、なにやらブツブツやっている。
娘は両手を腰の後ろに回してピクリとも動かない。
馬は断念するしかなさそうだ。

いま向かって来るのは二人。
計るように、にじり寄って来る。
恐らく道にいた二人は小屋の壁を死角として背後をとるつもりだろう。

 (配置に着いた所で挟撃か)

 「兄貴、なんとか凌いでくれ」

冷たい水滴が両のアバラをなぞった。

 (シン、考えろ)

焦ったところで絶体絶命だ。
敵が一歩近づくごとに死のイメージが強くなる。
そんな状況でいいアイデアが浮かぶだろうか?

 「ルエル様、ご加護を」

もはや神頼みしか手立てが無いと思われたその時、悲鳴が前方から上がってひとり崩れた。
剣士の投げた脇差がピラーノ兵の大腿を貫いたのだ。
刹那、娘の両腕が前方へと突き放たれ、目と喉にナイフを受けた男が棒立ちになった。
横で倒れた仲間に気を取られた瞬間を見逃さなかった一閃に、がっくりと膝を折り突っ伏してしまった。
足を怪我した者はこちらへ向かう途中の剣士に斬られて動かなくなった。

 (壁際の二人を倒せば兄貴に加勢できる)

数では五分。
壁を伝い来る連中は、娘がナイフ投げの名手であることを知らない。
そこに油断がある。
娘を数に入れていないから、自分が飛び込んでいけば、1対2の戦いと思い込むだろう。
そうなれば飛び道具の出番だ。

 「よし、」

シンの武器は左右の鉄爪である。
肘まで覆う篭手の指先に鋭い鉤がついたもので、セカルの相手が”盾”と言ったのは、篭手が刃を弾く
よう頑丈に造られているからだ。

 (囮となり篭手で受け流す)

両腕を構えて一歩踏み出したそのとき、

 どさっ

奇妙なポーズをとり後頭部を手斧で割られた人型が壁から倒れ出た。
木彫りの1/1フィギュアが立て置かれていたのか?
とんでもない!リアルに人だった、ほんの数秒前までは。

 「クレア、無事か?」

野太い男の声と、でたらめに走り去る足音。
警戒しつつ壁の向こうを覗くと、むさくるしい熊がずんずん迫ってくる!

 (アレが……ごくっ……
  アレが新たな敵なら悪夢だ!!)

 「にいさま」

 「クレアーー、」
 「よっほーっ、無事でよかった」

ふぅ、味方のようである。
しかも、あまりにもかけ離れているから信じたくないのだが、娘の兄らしい。

 (よし、ここは片付いた、)
 「兄貴!」

飛び出して行くシン。
トーンはシンとすれ違ったが、目は合わなかった。
小屋にたどり着くとマテクが尋ねた。

 「お手伝いしないのですか?」

 「手出しは無用とのこと」

本差を鞘に納めると、兄妹に会釈し胡坐(あぐら)を組んで座ってしまった。
見届けるつもりらしい。
他の者も頭の中の整理が出来ていないのか、これに倣(なら)った。

それにしても、トーンはどうやって二人を倒したのだろうか。
正面には槍、背後にも剣。
正面の男が何かしゃべっている。

 「お前、できるんだろ。
  三本も差して、ひょっとしてもう一本腕が生えていたりして」

後ろへの注意を削ぐ陽動である。
トーンがじりりと、ゆっくり弧を描くと、それに呼応して前後も動く。
よく磨かれた刀身には背後で息を殺す影が。

コンビの作戦は単純である。
槍にのけぞった隙に背中から一刺し。
今は、その間を楽しんでいるのだろう。

 「なるほど、お主ら、外道の者か」

 「そういうのは、勝ってから言うもんだぜ」

 「遠慮はいらぬと、」

トーンは一旦刀を鞘に納めると、右手を柄に掛けたままとした。
左手は鞘の下側を覆うようにしており、人差し指を何かに引っ掛けたようだ。
そして、さっきよりやや大きく、幾分速めに、屈んで円の動きを始めた。

 「なるほど、抜刀術か。そんなもの」

いや、そうではない。
居合いなら左手の親指が鍔(つば)を押しているはずだ。

正面の相手はいよいよ本気で打ち込んできた。
弧の軌道の前方を狙い、足を止めれば勝負ありだ。
ところがトーンの動きには微妙に緩急がつけられ、うまく狙いが定まらない。
焦(じ)れて放った一撃はかわされ、目元をかすめる反撃を受けた。

 (間合いでは槍が有利、行ける!)

2撃目を穿(うが)とうとしたが、足がもつれて転倒してしまった。
両足に鎖が巻き付いている!

トーンは正面を払う仕草で右腕に注意をひきつけ、左手に忍ばせた鎖分銅を投げたのだ。
そしてそのまま半回転し相棒の両足を斬ったようだ。
悶絶して寝転ぶ相棒の真上からとどめが打たれた。

応戦しようともがいても槍がつかえる。
ようやく予備武器の短剣を思い出したが、

 「邪剣、醜草刈(シコグサガリ)」

最期に聞いた言葉となった。


ラグの左手が懐から出た瞬間、両者の間合いを埋めたのは閃光と煙だった。
セカルは後方に飛び退き、棍を地面に突き立てると、その付近に金属の棒が刺さった。
棍で一瞬体を支えて着地を遅らせたのだ。
棒はすぐに煙幕の向こうに吸い込まれていった。
縄付きの投擲(とうてき)武器!

 「邪魔はさせんぞ、セカル。
  この森は、俺達のものだ」

セカルは左手を上に両手で構えた棍を強く短く体に引くと、棍の先が外れ、左後方に飛んでいった。
ラグは正面から声をかけ故意に居場所を明かしつつ、風で流れる煙の塊に紛れて回り込んでいたのだ。
そして、ラグが次の一撃を投じる直前、

 「そこだ!」

セカルの左肩から出た不意の一撃。
おしい、ラグの左頬をかすった。

次は返しで相手の後頭部を狙う。棍の先と胴は鎖で繋がっているからだ。
と同時に振り向きざまにもう一方を突き上げる二面攻撃。
ラグは死角の一撃をかわすため自ら転がり間合いを詰め、相手が半身のうちに急所を狙う。

 (俺の方が早い、決まりだな)

と思ったに違いない。
が、ガツンという衝撃と共に短剣が弾け飛んだ。
眼前には左膝を地面につけ、両腕を交差するシンの姿があった。
間一髪、盾が間に合ったのだ!
シンの右側を棍が走り、左側頭部を打たれたラグは目を明けたまま倒れた。
気絶したようである。

 「兄貴、手加減したな」

ラグを縄で縛り上げるシンの声には、明らかに不満の色がにじんでいる。

 「こいつ、妙な事を言っていた」

 「おー、痛ってー」

ラグの意識が戻ったようだ。

 「……何故殺らなかった?」

 「……。
  森がお前達のものとは、どういうことだ?」

 「知ってどうする」

 「いいから、答えろ」

ラーナンド地方の西には異民族の末裔が暮らす里がある。
彼等の伝承によれば、はるか昔、祖先はずっと東の砂漠で暮らしていたと言う。

 あるとき、西の海が一夜にして高い山になった。

 山の頂からは、積年の夢であった、森と水の大地が見えた。

 砂漠の民は大喜びで山を越えた。

 ところが、平地には互いの土地、財産を巡って争う人々が居た。

 安住の地を求めて長く辛い旅が続いた。

 とうとう海を臨む砂丘地帯に出た。

 そこには争いはなかった。

 砂漠の民は、再び砂と共に暮らし始めた。

南に向かった一団は山岳地帯に至り、戦(いくさ)を嫌って隠れ住んでいたルエルの民に受け入れられ
山の民となった。

森の奥深くに落ち着いた者達もあったが、やがて森の領有を巡って幾つかの豪族が争い出した。
森の民は捕らえられ、奴隷とされ、兵として戦わされた。

聖王国誕生後ラーナンド地方の領主となったオル・ノークルトは、彼等を自由民とし砂漠の民ゆかりの
各里に受け入れを求めた。しかし虐げられてきた彼等の一部は過激化し、自治領を要求して反乱を起こ
したのだ。

ルエルの民と砂漠の民の混血である山の民が講和を呼びかけたが、森の民は聞く耳を持たなかった。
平定後間もなくのこの時期、領地を召し上げられた豪族やなんちゃって貴族が反撃の隙を窺っており、
剰(あまっさ)え、グレイアーク城は築城中との事情もあって、オル・ノークルトは十分な兵を集めら
れなかった。

体術に優れ変則的な攻撃を繰り出す彼らに翻弄されたノークルト軍だったが、山の民に加勢を申し入れ
たことで形勢が逆転、地方の各所に散らばっていた兵も間に合い、程なくして反乱は鎮圧された。

森の民は散り散りになり、どの里にも属することなく流浪を続け、いつしか山賊を生業(なりわい)と
するようになった。

止むを得なかったとは言え、同族同士を争わせ、禍根を残したことをオル・ノークルトは悔やんだとい
う。森の民の気持ちを深く理解していれば「自治区」を与える政策に思い至ったかもしれない。領内の
安定に腐心し、領民への共感をないがしろにした結果がこれだ。オルは政治的に決して小さくなかった
この騒動を、ただ1枚の紙切れで王都に報告した。

 領内ニテ異民族ノ反乱有リ
 我、此レノ鎮圧ニ成功セリ
 損害ハ軽微
 補給ノ要、ナシ
 以上
     オル・ノークルト

セカルとシン、ラグは幾度も相まみえては決着がつかないままだった。
言うまでも無いが、ラグは森の民の血筋だ。

 「レックス、」

ラグが語り出した。

 「レックス・エンドルを捕らえれば褒美が与えられるそうだ」

 「??」

 「俺は、エメラルドを手に入れ、森を取り戻そうと計画した」

 「??……!
  エンドル、エメラルド、お前まさか!」

 「ああ、あのレックス・エンドル様よ。
  もうじきお触れが出る、確かな情報だ」

 「お前、正気か!」

 「ふっ、俺にもわからねぇ。
  ただ、一族が森で暮らせるチャンスってーのは、間違いねぇ」

いきなり、ラグの口から何かが飛び出した。
小石でセカルの目を狙ったのだ。
すっかり座り込んで話を続けるラグに油断してしまったらしい。
寸での所でかわすも、身が泳いでしまった。
突然のことに、シンもセカルの方を見てしまった。
二人同時にラグから目を逸らせた瞬間が出来た。

 (しまった!!)

ラグはいつの間にか縄を解き、立ち上がっている。
そして、兄弟の足元の地面めがけて今度は口に紐がついた筒を数本投げた。

 「やばい、離れろ!」

紐を引くと蓋が開き、毒虫が飛び出してくる仕掛けだ。が、今回は何事も起こらない。
虫は仕込まれていなかったようだ。

 「まだ死ぬわけにはいかねーのさ、あばよ」

ラグは森の中に消えてしまった。

 「くそっ、追うぞ」

 「うん、話が本当ならレックス様が危ない!」

小屋の屋根にカラスが一羽。
熊男とトーンが土を掘り終え遺体を穴に投げ入れると、マテクが合掌して呟いた。

 「この者達とて親があり、家族があったろうに……。
  ルエル様の御慈悲がありますように」

土を被せ終わると二人は汗まみれだった。
クレアは井戸から汲み出しては男達の手に水を掛けた。
いまやっと、埃と血糊がすっかり流れたところで、めいめい喉を潤している。

 「なんにせよ、妹のクレアが無事でよかった。礼を言うぜ。
  俺はバリー・バーラン。このあたりのきこりだ、あんたらは?」

 「拙僧は巡礼、マテクと申します」

 「某はクロウ・トーン、旅の者でござる」

 「あんちゃん達は行っちまったか、」

 「それにしても、にいさま、
  良く戻ってくれました」

クレアがバリーを見た。
バリーは漆喰の原料となる石灰岩の採集に出かけていたのだ。
バーラン兄妹は薪や炭、木酢液、漆喰などを近隣村に届けて生計を立てていた。
この丸太小屋は彼等の仕事場なのである。

 「今となっちゃ、俺も不思議よ。ただな、虫の知らせって言うか、
  カラスが何度もかすめ飛ぶんで変だなと思い戻ってみると、賊がいるじゃねぇか。
  だが、ますます不思議なのは、あいつら金縛りにでもあったように固まってやがった」

クレアはマテクが念仏を唱えていたのを思い出した。

 「マテクさん?」

マテクの方を見て答えを促したが、僧は笑みをたたえているだけだった。

 「で、こいつらの目的は?」

バリーが切り出した。

 「レックスという少年を探していたわ。
  あのレックス様かしら?」

 「あんたらは何か知らねぇか?」

 「……」
 「……」

 「レックス・エンドル様……か……。
  噂じゃ行方不明らしいが、」

突然、カラスが舞い降りて、トコトコとトーンの足元に寄り、首を傾げ出した。
左翼には白い羽毛が目立つ。

 「なんじゃウルよ。もう、飯の時間か」

 「おーっ、こいつだ、その羽。
  このカラスに間違いねぇ!」

バリーが子犬か猫でも抱くように手を伸ばすとカラスは再び屋根の上へ。

 「あちゃー、わりぃ」

 「フフ」

クレアが小さく笑い出すと、

 「がはは」

という熊笑い、

 「……」

静かな笑みは坊様、

 「おーい、こっちへおいでー」

カラスの胃袋を心配している者。
地獄から一転、ひとの時間が流れ出した。




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