「FEAA 第ニ話」の頁へ  トップページへ  フェアリーズエメラルドの頁へ  「FEAA 第四話」の頁へ



   フェアリーズエメラルド 二次創作ショートストーリー Houbou様から戴きました!

     FEAA(フェアリーズ・エメラルド アナザー・アクシス)

       感想を書いてくださると作者さんも喜びます! >> 掲示板




   FEAA 第三話 出会い


背後から蹄の音が近づき、追い越すと、男が馬から降り剣を突きつけた。

 「背中のものをよこせば、命は助けてやる」

切っ先はトーンの喉に向けられている。

 「物騒な事を申す御仁じゃな。
  背の剣に用があると?」

 「随分と、余裕ぶっこいてくれるじゃねぇか。
  俺様はな、口は悪いが心は広いって有名なんだぜ。
  大人しく、それをよこせ」

 「これは助かった。
  寛大なお方よ、そこを通して……!」

いきなり突いてきた。この自称、寛大な男の得物は刺剣だ。

 「へぇ、目を開けたままかよ。トーシローじゃねぇ訳だな。
  ……次の一撃は本気になっちまう。なぁ、聞き分けなって」

今のは威嚇か。なかなか速い動きだった。
しかし、渡せない理由がある以上「はい、どうぞ」とはならない。
トーンは無言で相手の出方を待った。

 「そうか、うんじゃ行くぞ!」

突かれた瞬間、鈍い金属質の光沢が椀状の鍔(つば)の表面を走るのが見えた。

 (いかん!)

真後ろに大きく退いた。
普段は紙一重でかわし、隙に一撃というパターンを好むトーンである。

男は手の甲を上にして剣を構え、トーンの首元で手首を90度回したのだ。
こうすることで、先端がごく僅かだが遠くへ届く。
相手が間合いを見誤れば必殺となる一手だ。

 「ほぉ、よく、かわしたじゃねぇか。
  面倒くせぇな」

トーンは右手で本差を抜くと水平に構え、左手を鞘に残した。
そして、相手の間合いギリギリの辺りを、みぎ、右へと回りだした。

 (へっ、左がガラ空きじゃねぇか。
  緩急のついた円の動きだが、リズムが単調だ。
  小せぇ方を抜いたとしても、先に俺の刺剣が届く。
  大きく動くとき、僅かに体が開くのを狙って)

 「わき腹、もらった!」

相手が鋭く踏み出した瞬間、トーンは左足を前方に出し、鞘を握る左手首をグイっと捻った。

 「ぐはっ」

鞘の先端が男の左腹にカウンターヒットすると、上体がくの字に折れ、両の踵が浮いてしまった。
トーンは間髪いれず体重の乗っていない左足を思いきり蹴り上げたものだから、まだ勢いの残っている
体は鞘を中心に右肩から前転してしまった。

 「邪剣 腑車(フグルマ)」

仰向けに倒れた相手の首に刃を当てたが、別の気配が!

 「よぉ、カーヴィ、ざまぁねぇな」

 「カロス、なんで、てめぇが?!」

 「なぁに、先代の墓参帰りよ。
  それより旦那、そいつを殺るのは勝手だが、少し待ってくれ」

 「カロス、てめぇ!」

カロスはトーンから丸見えの位置に移り、腰にぶら下げている得物を地面に置いた。
それからカーヴィのレイピアを拾うと手の届かない所へ放り投げた。

 「オイラも、こいつも丸腰」

この大男、敵意はないようだ。
トーンは刀を納め、

 「ここは、お主に任せろと」

カロスは口角を上げると両の眉をスイと動かし、

 「なぁカーヴィ、お前も手を退くよな?」

 「バカ言え、手ぶらで戻れる訳ねぇだろ。
  今回は強奪任務なんだからよ」

 「ホント、お前って鈍チンだな」

 「余計なお世話だ」

 「つまりこうだ。
  二人相手なら、お前も言い訳が立つ、違うか?」

 「……お前はどうなる?
  うちの大将はラウモントに難癖つけるんじゃねぇか」

 「まぁ、仕事は暫く干されるだろうが、死ぬことはねぇだろ。それより、
  なんで旅人なんか襲った」

 「そいつが背中のブツを渡しゃ、穏便解決だったのによ」

カロスはトーンの右肩から覗く柄に目をやり、

 「なるほど、珍しい剣だな……
  で、どれほどの価値があるんだ?」

 「知るか!俺は出張鑑定士じゃねぇ。
  うちの、やんごとなき御方に訊いてくれってんだ!!」

カーヴィは起き上がり、尻をバサバサやりながらレイピアを拾うと馬に乗り、

 「捨て台詞なんて残さねぇぞ。
  カッチョワリーからな」

港の方へ去って行った。

 「……それが、カッチョワリーんだけどな」

カロスはトーンに向き直り、

 「オイラは、カロス・ロブラ。
  しばらく港には戻らない方がいいですぜ」

 「某(それがし)はクロウ・トーン。
  ときに、カロス殿、不躾(ぶしつけ)ながらお尋ね申すが、
  先の者は何奴じゃ?」

カロスの話では、カーヴィという男は、悪徳商人の手下で、港に常駐している用心棒だそうだ。
どうやら、背中の剣が悪徳の目に留まり、物欲を掻き立てたのだろう。
町を出て人目が消えたところで強奪、ちんけな悪徳が考えそうなことだ。

 「この道を行くんですかい?」

 「まぁ、そんなところじゃな」

 「旦那が強いのは分かりやしたが、街道沿いにゃ山賊が出る。
  用心に越したことはねぇ」

 「お心遣い、痛み入る。
  しからば、御免」

 「港に戻ることがあったら、オイラを探しな」

 「かさね重ね」

トーンは軽く頭を下げ歩き出した。


2時間程して、幌つきの馬車と、帯剣した者を乗せる馬が追いついた。
先の件もあり、やや警戒したが、

 「トーンさんですね、遅くなりました。
  私はラムナス家に仕える者です」

船長から預かった包みはラムナス家に届けることになっていた。
下船後、速やかに町を出て、街道を東に向かうと『日曜日の村』がある。
異人が”用意された馬”ではすぐに怪しまれるから、歩きとなるが、村は日没までに着ける距離にある
ので心配ない。

 「……」

馬が拾いに来るとは、一言も聞いていなかった。

 「ご説明致しますと、」

港にある店舗の棚が空けば、補充に馬車が出るのは見慣れた光景で誰も怪しまない。
それまでの間、少しでも包みを港から遠ざけたかった。
船長は、トーンの使命感を喚起するために、敢えて馬で拾う事を伏せたのだ。

御者は、船長とトーンしか知らない話を付け加えたので、トーンは信用したようだ。
包みを渡そうとすると、

 「もし、他に御用事がなければ、一緒に来て下さいませんか?
  お礼をしたいので」

道中にいろいろと話を聞けるだろう。トーンは快く馬車に乗った。

 「日曜日の村は山海の幸が旨い長閑(のどか)な所でして、
  干潟で獲れる魚介もそうですが、滅多に出ない、」

御者はゴクリとやって、

 「鹿肉が絶品なんですよ!」

日曜日の村では食害防止に、鹿を撃つことがあるそうだ。
ハンターのなかでも、レオンという少年が撃った獲物は身が締まり味が衰えない。
苦しまないように、急所を一撃で射抜くからだそうだ。
御者の話は尚も止まらず、商売のことを延々と語った挙句、とうとう村の宿に着いてしまった。
肉、魚、酒などがテーブルに並べられると、

 「ところで、トーンさんの行き先は?」

やっと、トーンに話が振られた。

 「この剣の、」

トーンは足元に立てかけた剣を取り上げ御者に渡した。

 「それを打った者の遺言でしてな。
  故郷の師匠に見せてくれと・・・」

 「その、故郷とは?」

 「それが皆目見当がつきませなんだ。
  その意匠にお心当たりはござらぬか?」

御者は剣をしげしげと見て護衛の者に渡したが、この者も首を傾げただけだった。

 「私共にはどうも……。
  ラムナス様なら何かご存知かも、どうです?」

ここから東に行くとラムナス家の倉庫が置かれている宿場がある。
自分達はそこで荷を積んだら港に戻るが、ラムナス家へ向かう補充の馬車が出る。
薬はその便に持たせるつもりだったが、坊ちゃまの大事な薬を預かる護衛と言えば乗せてもらえるだろ
うから、ラムナス様を直接訪ねてみてはどうか。

目的はあるが、宛の知れぬ旅。トーンは御者の話に乗った。
ラムナス家はザイデシュタットという大きな町にあり、養蚕、養蜂を営み、絹、蜂蜜などを商っている。
関連産業として、呉服、染物にロウソク職人、パン屋などなど。西のルートンさんは豪商と謳われるが、
東のラムナスと言えば泣く子も黙る産業の親、いや神と言ってもおつりが出るかもしれない。
やれやれ、このお喋り好きの御者の話は朝まで続きそうだ……ZZz。

 「ねぇ、聞いてます?」


倉庫の宿場を早朝に発つと、空荷の馬車は昼過ぎにラムナス家に到着した。
薬を渡すとトーンは歓待され夕食に招かれたのだが、間があるので町の見物をしたいと申し入れた所だ。

町の広場、中央には女神の像が置かれ、清水がとめどなく流れ出ている。
周囲には石と漆喰でできた堀が円形にめぐらされ、大人の膝丈ほどの深さに、水がたたえられていた。
地面はタイルで舗装されており、広場から放射状に出る道には街路樹が等間隔に並んでいる。

その一本には二羽のカラスが並び、片方が首を下げると、もう片方が嘴で首の後ろの毛をかきわけてい
る。痒いのだろうか?カラスの話し言葉を知らぬ者には想像するしかないも、その仕草はきっと痒いの
だろう。

走り回っていた子供がベンチの下に潜り、剣にみたてて握っていた棒切れをベンチの下から勢い良く突
き出した瞬間、木がささくれてできた鉤に引っ掛けて袖から糸が飛び出した。
幸い怪我はしなかったようである。

 「ホレごらんなさい!」

ベンチに座り、世間話に興じていた恰幅のよい婦人が子供の腕をひっつかみ、なじり始めた。
しかし仏頂面を横に向けたまま、聞いているふうではない子に腹を立てたか、

 ぴしゃり!

日常の長閑(のどか)なひとときが破裂音で台無しになった。
周囲にたむろしていた人々は一瞬、呼吸を忘れたかのように静まり一斉に親子を注視した。
なかなかの快音だったので子供は泣くかと思われたが、大人の手の形に赤っぽくなった左頬を小さな手
で覆い、きっ、と母親を睨み返したのだ!

傍観者のある者は

 「ああ、やっちゃったよ、あの子」

と呟いたかもしれない。

また、ある者は

 「謝っちまえ」

と念じただろう。

しかし多くの者達が予想したように母親の掌はいまや肩よりも高い所に位置し、あわやというところ、

 「そのくらいにしておきなさいませ」

親子の演目にすっかり魅了され、彫像のように見守るだけだった観衆の中には、まだ自分を忘れていな
い者がいたようだ。ローブの上からマントを羽織り、杖を持つこの老人は僧のようだ。

 「ひとは痛みを感じるのは何故でございましょう?
  痛みは嫌なものでございます」

僧は尚も続けた。

 「嫌なことを他人に為すのは醜いことでございます。
  ならば、一生に一度だけ痛みを知れば十分ではございませぬか。
  その子はもう罰を受けたことを悔やんでいます」

当たり前の事を聞かされた上、当たり前の事が自分にはできなかった恥ずかしさからなのか?
そうではない。自尊心が傷ついたのだ。
母親は世間話の相手に顔をやや向け、愛想笑いをこしらえてから、今度は鬼の形相で僧に振り向いた。
そして今日一番の勢いで、

 「説教なら他所(よそ)でやっとくれ!」

ぐい、と子供の手を引くとスタスタと、しかし荒々しく去っていった。

騒動が治まった公園の隅に柔らかくたたずむ僧の目に何か小さなものが映った。
広場に敷き詰められたタイルの上、ベンチからほどない所に転がっていたのは木製の2つ穴のボタンで
手垢やら埃やらで黒々としていた。
4つ穴で塗装を施してあるものは加工費やら手間賃が上乗せされ、やや高価である。
更に、珍しい貝殻を加工したものや、宝石をあしらった貴金属製もあるが、これらは庶民のためのもの
ではない。

 (届けてやらねば)

僧がボタンに歩み寄ると、先に拾いあげた者がいた。

 「ご老体、これを届けてやりたいのじゃが、
  あの童(わらし)の家を知っておいでか?」

 「どれ、一緒に探すと致しましょう」

二人は、お互いに名乗るでもなく親子が去った方向へ歩き出した。
暫くして住宅の立ち並ぶ一角に出ると、泣きっ面の子供がこっちへ歩いて来る。
ボタンの子供だ。
母親に、ボタンを見つけるまで帰ってくるな、と言われたのだろう。

 「坊主、落し物ならホレ」

少年は異国の剣士に驚いたようだが、見覚えのある僧が笑顔で頷くと、トーンに駆け寄りボタンを奪い
取った。

 「おじさん、どーもねー」

 「あー、これこれ、駆けて転ばぬようにな」

しばらく子供を見送ると、

 「……用事は済みましたな」

会釈をして去ろうとしたのだが、老人も同じ方向へ歩き出す。
なんだか、バツが悪い。

 「ご老体は、どちらへおいでか?
  申し遅れましたが、某は旅の者でクロウ・トーンと申す」

 「拙僧は、マテク。
  これからある屋敷に薬草を届ける所です」

 「やや、坊様であったか。
  して、」

トーンは言いかけて、頭を掻いた。
間が持たないとは言え、他人事に口をはさむのは失敬である。
何か他に話題がないものかと考えてはみるが、なにせ昨日今日の異国の地。
共通の話題など思いつく訳がない。

 「かまいませんよ」

会話がつながりそうだ。

 「ある屋敷に咳がとれない子がありましてね。
  どうも原因は心の方にあるようで」

 「某も先刻、ラムナス家に薬を届けたところで」

 「拙僧も、そのラムナス家に向かう所です」

 「これは奇遇!
  善は急げ、ささ、坊様これを頼みます」

トーンは背中の剣を預けるなり、マテクを背負って駆け出した。
ラムナス家の門前に着く頃には、息をきらせ、もう汗だくで、マテクを降ろすと、その場にへたり込ん
でしまった。

 「これはトーン様、お早いお帰りで。
  見物はお済みですか?」

門番はマテクに丁寧に会釈をし、トーンを起こすと、戸口へと案内した。

 「ノルデン修道院僧様とトーン様のお着きです」


マテクは、トーンを奥へ案内しようとする召使を制止すると、薬草を渡し当主を呼ぶように伝えた。
ややして現れたボル・ラムナスはトーンに軽く挨拶すると、訝(いぶか)し気に言った。

 「何事ですかな?
  おや、先日いらした方とは違うようですが」

一向に良くならない息子にイライラを隠せないようだ。
町から少し行った所に薬草園を持つノルデン修道院がある。
ボル・ラムナスは、院長に息子の治療を依頼していたのだ。

 「ヴィリ様のご容態は、前任者からうかがっております。
  本日の治療には、こちらの御方もご同席頂きたいのですが」

 「??」

 「異国の話を聞けば、ヴィリ様もお喜びになるかと」

 「なるほど、そういうお話しですか。
  トーンさん、お願い致します」

二階の一室へ通された二人。
ベッドで窓の方を向く少年。

 「薬なら、もう飲んだよ、けほっ。
  外国の、けほっ。
  珍しい薬なんだってさ」

 「今日の薬は、まさに異国の薬でございます、ヴィリ様」

 「だから、」

苛立ち、面倒くささ、邪魔、そんな色の声で、体ごとキッとマテクに顔を向けた少年だったが、僧の横
には異人が立っていたので驚いた。

急に体を動かせば咳が出るものだが、

 (胸を病んでいるのとは違うようだ)

トーンは直感した。

 「誰?!」

 「驚かれるのも無理はない。
  こちらはトーン殿で、異国の話を聞かせてくれるそうです」

 「??」

 「薬が煎じ終わるまで、この方の話を聞かれては、いかがでしょうか?」

 「トーン……さん?」

 「いささか、唐突なれど、
  ヴィリ殿がご所望とあらば」

 「うん、聞かせて。
  トーンさんは、どこから来たの?」

 「八百国原(ヤオクナハラ)にござります」

 「それは?」

 「この国の北にある国から、更に東にある島国にござります」

 「ふーん、
  どんな所なの?」

 「それは、美しい国でしてな」

 春夏秋冬があり、まだ寒いうちから咲く赤い花には、良い声で鳴く鳥がやって来て、もっと暖かくな
 ると山が薄紅に染まる。

 棚から下がる紫や白の花の香りは淡く、青、赤などの陽に似た花は長雨の頃に咲き、白もある。

 いよいよ暑くなると、夕刻に土砂降りがあって、それが止むと幾分涼む。

 夏の花は夜空に咲くのが一番で、どの花よりも大きい。

 これは、地より火の尾を引きながら舞い上り、大きな音と共に瞬間だけ開くと、すぐに消えてしまう

ヴィリは熱心に聞き入った。
一通り話し終えたが、次の話を無言で待つヴィリ。
トーンが困りかけたとき、マテクが話題を振った。

 「そういえば、トーンさんは異人にもかかわらず、
  名は異人のそれとは違うようですが」

 「??
  そうなの?」

国では利根九郎(とねくろう)であるが、”利根”は、TONEと綴るらしく、誰かがトーンと読んだ
ので、トーンと名乗るようにしたらしい。

 「ついでに、よい話を思い出しました」

トーンは名の由来について語り出した。

 自分の先祖は、暴れ川のほとりで暮らしていたが、収穫の時期になると決まって川が氾濫した。

 こう頻繁に畑が流されてはたまらないので、あるとき祈祷をすると、その晩村長の夢枕に仏が立ち、
 目が覚めると一粒の種を握っていた。

 この種を村で一番拓けた所に撒けとの教えに従い、その通りにしたが何も起こらなかった。

 半信半疑のうちにその日を終えたが、次の朝には天を突く巨木が聳(そび)えているではないか。

 木の根は縦横に伸び村全体を乗せる台地となっていた。

 村人は何が起きたのかと次々に村長の家にやって来ては夢の話に驚いた。

 仏にお礼をしたくなった村長だが、よい案が浮かばないため、村人に意見を募ったところ、きっと木
 のてっぺんには天界があって、誰かが貢物を入れた葛篭(つづら)を持って行けばいいということに
 なった。

 いよいよ準備が整い村人が見守る中、若者の一人が出発する段となった。

 が、どんなにしてもさっぱり手足が掛からない。

 そうこうしているうちに、空が暗くなりじゃんじゃん雨が降り出した。

 川がどんどん溢れ出すのを見て、これは御神木を汚い手足で穢(けが)したバチがあたったと言って
 拝みだす者も出たが、竜の大群のような唸流も台地までは届かなかった。

 こうして村は水害を逃れたのだが、水が治まる頃になって木に落雷があり、幹の下の方3尺ばかりと
 根を残してあっというまに燃え尽きてしまった……。

その御神木の名残を祀る神社の神主が、根のご利益から「利根」を名乗り、自分はその血筋に当たるが
どこまで本当だか分からない。

 「いや、根も葉もない昔話で」

 「でも、トーンさんには『根』があるんでしょ?」

ヴィリが茶化すと、

 「これは、一本取られましたわい」

一同が笑っている最中、部屋のドアが開くと、薬湯をのせた盆を持つ使用人とボル・ラムナスが立って
いた。

 「ヴィリ、お前!」

 「あ、父上、」
 「トーンさんの国では、」

ボルは二人に軽く頭を下げると、息子に歩み寄った。
心配と嬉しさが混じる表情で、

 「ヴィリ、そんなに笑って、」

ヴィリは、そんな父親の顔色など気にせず、

 「夜空に花が咲くそうですよ」

暫く見ることの無かった息子の快活な笑顔。
やや遅れて、

 「おお、そうか
  それは私も見てみたい」

 「そうだ、根の次は葉だ!」

 「??」

話が見えずキョトンとするボルをよそに、ヴィリは床から抜け出し、着替え始めた。

 「トーンさん、マテクさん、
  庭を案内します」

シャツに腕をくぐらせながら、

 「そーかー、僕も船で、」

靴を履き終え、

 「よしっと、」

入り口に駆けて行くと、

 「ベリーが食べごろなんだ。
  さぁ、早く!」

どうしたものかと、顔を見合わせる二人だったが、

 「付き合ってやって下さいませんか」

ボルの柔らかい笑顔だった。


庭から戻ると、もう夕暮れだったので、2時間以上になる。
ヴィリは久しぶりに体を動かしたので、疲れたのだろう。
今は眠っている。
トーンとマテクは応接間に通されボルと話していた。

 「マテク殿、どういった事でしょう」

 「ラムナス様のお気持ちが通じ、」
 「異国の薬で心のつかえが消えたのでしょう」

ヴィリには7つ違いの兄がいて、生まれつき体が大きく壮健であった。
あるとき彼は「騎士になる」と言ってドルラドアへと渡ってしまった。
自分は細かいことが苦手でとても商売人には向かないから、体を使って世の中に貢献したいとの事だっ
たが、実際には、やや健康に不安をかかえる弟の将来を思い、弟に家を継がせたかったのだ。

ヴィリは兄の本心を知らないまま、随分と羨(うらや)んだらしい。
咳もその頃から出始め、最近ではちょっと体を動かすだけで咳き込むようになっていた。

 「ヴィリ様は、異国を旅するという目標を定められたご様子です。
  なにが何でも、達者になるしかなかったのでしょう」

 「…異国の薬…」

ボルは、トーンをそっと見た。あまりにも劇的な回復に半信半疑のようだが、息子が元気になったのは 事実なのだから受け入れるしかない。

 「ときに、」

目が合ったので、トーンが剣の事を尋ね出した。

200年ほど前に海から来た刀工が打った剣で、銘は雨邦(アマクニ)。
雨邦がこの世を去るとき、「海を越える者があったなら、この剣を師匠に見せて欲しい」と言い残した
と伝えられている。その遺言を叶える旅の最中だが、剣を除くと手掛かりがない。

 「うーむ、
  200年前、刀工……
  時代が符合しているのが気になる」

自分は詳しくは知らないが御領主様なら何か知っていよう。
御領主様の城は歩いて3−4泊の距離にある。
ボルは使用人にレター・セットを持ってこさせると、なにやらしたため、蝋で封をし、印璽(いんじ)
を押した。使用人が部屋の出入りに、何かぎくしゃくしたようだが?

 「これを、城に持って行くとよいでしょう」

トーンは封筒を受け取り、懐にしまうと、

 「かたじけのうござります。
  誠に勝手ながら、」

 「まさか、今から発つと?!
  何も礼をさせてくれないとは、私が笑い者になってしまいます」

 「礼なら十分頂戴仕り申した」

トーンは封筒のある懐に手をあてた。

 「ヴィリ殿が、お目覚めになれば、きっと」

お引止めになるだろう。
そうなれば自分も辛い……

 「トーンさん、行っちゃうんだ」

戸口にヴィリが立っていた。
久々に楽しく、つい夢中でトーンの話の礼を忘れていた。
伝えに来たのだが、話の腰を折らないように部屋の外で待っていた。

 「ヴィリ殿……」

 「でも、仕方がない、うん。
  大事な目的があるんだもの。
  そうだ!
  父上、スレイプニルに旅を手伝わせてみては?」

スレイプニルとはヴィリの兄が乗馬を覚えた馬だ。
今ではやや高齢になり、乗り手がなく退屈な毎日を送っていた。

 「おお、そうか、それがいい。
  旅には馬が必要だ」


こうしてトーンは馬と嫌味にならないほどの現金、保存食などを貰い受けたのだが、馬の背には老人が
乗っている。

 「坊様、何故(なにゆえ)……」

 「拙僧はさきより、トーンさんの旅の先々にある寺院を巡る、巡礼となりました。
  旅は道連れ、護衛を頼みましたよ」

 「……巡礼、でござるか……それに、」

トーンの背中の剣には、左の翼に白い羽毛が目立つカラスがとまっている。
ご飯をあげたら懐いてしまったらしい。

 「縄張りを出て平気とは、変わった奴め。
  まぁ、よい。
  お主の名は、」

 − その子はウル −

トーンは声を聞いたような気がしたが、マテクの声とは違う。
きっと空耳か、通りの誰かの声が偶然耳に入ったのだろうとして、気に留めなかった。

 「ウルとする、文句は言わせぬぞ」




  感想を書いてくださると作者さんも喜びます! >> 掲示板

  「FEAA 第ニ話」の頁へ  トップページへ  フェアリーズエメラルドの頁へ  「FEAA 第四話」の頁へ