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   フェアリーズエメラルド 二次創作ショートストーリー Houbou様から戴きました!

     FEAA(フェアリーズ・エメラルド アナザー・アクシス)

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   FEAA 第二話 シルドーワ港


ラーナンド地方南西部に位置するキュルビス半島は、幾分ひしゃげてはいるが瓢箪(ひょうたん))を
縦に割って出来る断面のような地形で、尻の方を海に向かって突き出しており、アード湾入り口の東側
3分の1を塞いでいる。

左尻、つまり北西端からは、南西方向に走る固い岩盤でできた屏風状の岬が伸び、これが天然の防波堤
となって、湾に面する南側には古くから港町が栄えていた。

この「シルドーワの壁」はまた要塞でもある。
湾の最奥には王家御用達の港があるため、外敵への備えとして砦が築かれ、壁のあちこちには投石機が
設置されていた。

7月初めのある日、快晴。視程は良好。正午ちょっと前。
砦に詰めていたひとりが湾へと進入する船を見つけた。
僚船は無く、掲げている旗から交易船らしい。

 「おい、あれ」

 「あー、お客さんだな。
  誰の番だっけ?」

 「お前」

 「俺、か。どれ、」

カードをテーブルの上に伏せ

 「のぞくなよ」

 「いいから、早く済ませて来い」

だらだらと立ち上がり、部屋を出て行った。
程なくして砦の屋上からは狼煙が上がり、停船を呼びかける信号旗が掲げられた。
男達の話しっぷりからして、監視の責を負う正規兵ではないらしい。
だいたい、どうしようもなく日焼けした赤黒い肌を過度に露出しているではないか。
身なりが雑で、どこか汚らしく、いかにも下っ端風情だ。

エクト・アインツェルが存命だった頃の海賊は、趣味の悪い悪徳商船を狙う義賊だった。
時として湾内を航行する王家ゆかりの船を護衛し禄を賜わることもあり、彼らは、アード湾に点在する
漁村から集められた屈強の者共でまっとうな海の男達、だった。

半年ほど前、アインツェルのもとに王家の使者を名乗る者がやって来て、こう告げた。

 長年の功績を讃えて叙勲の準備があるから王都まで同行せよ

封蝋の刻印は紛れもなく王家のものだったので、アインツェルはこれに応じたのだが、次に戻ってきた
時には死亡を告げる紙切れ1枚に僅かばかりの見舞金、それに愛用の短剣を納めた小箱になっていた。
道中に山賊の襲撃を受けたのだという。
水上では無双であっても陸では数に勝る野党に敵わなかったらしい。

アインツェルの葬儀を盛大に執り行ったのがミノザ・ラウモントだった。
ラウモントは葬儀の場で、自分が次期「頭」だと宣言した。
悲嘆にくれる海賊達にとっては、まさに寝耳に水で、海賊の耳に水が入るなんて洒落にもならない話だ
が、私財を投げ打って立派な葬式を出したのだからと、誰も意義を唱えなかった。
シルドーワ港での取引に課税されるようになったのはこの直後であり、ラウモントは入港税、通行料を
独自に徴収するようになると、先代の頃には考えられないような待遇を子分達に与えた。

 「野郎共、親子供に美味いものを喰わせてやれ!」

 「海は俺達のもんだはぁ〜」

 「もれしゃまひっ、、、ちゅいて、くお〜い」

これらが酒宴での口癖になった。

実は、ラウモントはヴァール・ウォードを後ろ盾に持つ悪徳商人から、同盟の打診を受けていたのだ。
アインツェルの葬儀費用を肩代わりしたのは、もちろん悪徳で、首尾よくラウモントが頭の座に着けば
アード湾でのフリーパスを手に入れる訳だから、たいした投資ではなかっただろう。
こうして誇り高きシルドーワの海賊はマフィアの下部組織に成り下がったのである。

シルドーワの壁までおよそ1キロの海上。
錨を下ろし停船旗を揚げた交易船。
水夫がぶつぶつ言いながら船倉から樽を運んでは気だるそうに甲板に並べている。

 「数に間違いは無いか?」

甲板長の問いに答える者はいない。皆うんざりといった表情だ。
質問した本人でさえ、もっともだと嘆息しただけで、それ以上何も言わなかった。
あと数分もすれば物騒な船が接舷するだろう。

樽は海賊に支払う入港税なのだから、数を違えるわけにはいかない。
納めるモノを納めれば全員無事でいられる。
が、その分手取りが目減りするのだから、くさるのも当然か。

因みにドルラドア地方への寄港であれば、通行料という名目となるが、額に差があるわけではない。
海賊は昼間は見張りを立て、夜間は洋上で待機し徴収に励んでいる。年中無休、24時間営業の看板を
探せばきっと見つかるに違いない。

その頃、船長は船倉にいた。

 「もうじき海賊が来ます。
  ここまでは来ませんから安心して下さい」

船長が話しかけた男はクロウ・トーンと名乗り、2日前に対岸の島国で乗船した。
路銀に乏しい彼は格安で乗せてくれる船を探していたのだが、海賊を理由に渡航する船はめっきり減っ
てしまった。悪徳商人や密輸団の船は寧ろ増えたのだが、そんな連中がただ同然で乗せてくれるはずが
なく、途方に暮れていた所に船長から声がかかったのだ。

 「貴方、腕が立ちそうですね」

 「……と、申されるのは?」

 「実は、大事な荷物があるのですが、」

船長が言うには、シルドーワ港から東に行った町に小さな包みを届けて欲しいとのこと。
自分はその町の富豪と取引があり、ご子息の病に効く良薬の入手を頼まれていた。
このたびやっと手に入った貴重な品だから間違いなく届けたいのだが、富豪との関係は海賊も承知で、
直接動けばきっと何かある。船から降りる者にも同じ危険が及ぶだろうから、腕利きを探していた。

 「お引き受け下されば、船賃は不要。
  いかがですかな?」

 「見ず知らずの者を信用できると、」

 「さっき、フードの男の誘いを断ったでしょう」

 「……」

 「あれは密輸団のスカウトだったんですよ。
  貴方には人を見る目があり、何か強い意志を感じる。
  違いますかな?」

 「……。
  渡りに船、ですな」

 「では、ご案内致します」

ずしりと船体が揺れた後、数人分の板を踏む音が伝わって来た。
船倉の片隅で胡坐(あぐら)をかいていたトーンはマントの上から懐の包みをひと撫でして立ち上がる
と、本差を抜き、一振り、二振り、もう一振り。

包みが邪魔にならないことを確かめると、また胡坐に戻り目を瞑(つむ)って耳を澄ませた。
複数の重い足音が遠ざかり、少しして、さっきより軽い足音が戻ってきた。
船体が擦れる音が止むと、船長が戻って来て、

 「無事に済みました。
  あと、小一時間もすれば到着です」

海賊達がやって来るまでの時間より長くかかるのは、ちょうど引き潮にぶつかったからだと説明した。

 「それに、」

シルドーワの壁の突端付近には3つの風、すなわち外洋から容赦なく吹き付ける風、壁で反射する風、
壁を伝う風とがぶつかる難所があり、シルドーワの海賊達はこれらの風を自在に操る技術と船を持って
いるが、大抵の船はやや大回りのルートをとる、と付け加えた。

左舷の甲板に出ると船は面舵(おもかじ)で航行中のようで、シルドーワの壁がゆっくり、ゆっくりと
左へ流れている。

舳先の方に首を振ると、はるか前方には大型帆船の船団が見えたので、水夫を捕まえて、あれはどこへ
向かっているのかと問うと、ドルラドア地方の港だろうとのこと。

トーンは両腕を高く突き上げ、おもいきり深呼吸した。
塩を含んだ風はうんと湿っていて重かったが、旨かった。


− シルドーワ港 −

港には一般船舶用に幾つかの桟橋があり、王侯の船はビフレスト埠頭に停泊する。
埠頭に隣接して厩舎が並び、王侯は勿論、騎士以上の身分の者が利用する宿泊施設もある。
アスガルトと呼ばれるこの区画への立ち入りは厳しく制限されており、普段は美観維持の業者と警備の
兵がいるだけだが、今日は珍しく人が出入りしている。

その流線を辿った先には1隻の商船があり、樽の他、長持、大型の木箱が忙しく積み出されていた。
木箱はどれも重いらしく、数人で持ち上げては荷台にやっと納まった。

少し離れた所には頭を布で覆った大男が突っ立っていて、その様子をさっきからジッと見ている。
そのうち乱暴に扱かわれた樽の蓋が外れ、大男の足元に転がって行くと、それを手に取り、やはりジッ
と見ている。
樽蓋には、ウォード侯とのつながりが噂される悪徳商人の荷を示す焼印が押されていた。
不意に歓声が上がり古い石造りの建物から海賊達が湧き出してきた。
大男の脇を走り抜けながら、

 「おい、カロス、ボーナスタイムだぜ」

 「お前も来いよ」

 「…… ……」

仲間の誘いには興味が無いといった感じで、虚(うつ)ろに立っているだけだ。

 「ちっ、なんだアイツ」

 「放っておけ、それより仕事だ」

カロスは蓋を取りに来た者に渡すと、ドアが開けっ放しの建物へと歩き出し、まもなく2階の一室の窓
に現れた。

部屋の中央には木製のテーブルが置かれ、多少気取り気味の男が座る椅子には、取って付けた様な金の
刺繍が施してある織物が被せてあり、この小太りの男を一層田舎くさく見せていた。

ラウモントは小洒落た緑色のグラスの足を人差し指と親指でつまみ、小指を立てて、ちびりとやると、
窓辺の大男に話しかけた。

 「なんだ、カロス。仕事じゃないのか?」

 「…… ……」

カロスは無言で窓の外を見ている。
窓はほぼ真西を向き、北に見える絶壁の頂上からは煙が棚引いていた。

 「親分、これでいいんですかい?」

 「またそれか。
  暮らしは良くなった、何が不満なんだ」

 「今だって悪徳の船が泊まっている。
  やろうと思えば、」

 「昔とは違うんだよ。
  まぁ、飲め」

カロスはおもむろに振り返るとテーブルへと歩き出した。
そして卓上の瓶の首を片手で鷲掴み、置かれた素焼きのカップに液体を注いだ。
瓶にはまだ十分残っており、口を開けたばかりなのだろう。
それにしても手首の強いこと。
トクトクと流れ出した甘い香りの液体は、カップの8分目あたりでピタリと止まると、あっという間に
カロスの胃袋におさまった。

 「ゴチになりやした、こいつは先代に」

そっとカップをテーブルの上に置き、瓶を握ったまま部屋を出て行ってしまった。
無表情だったが、ふてぶてしさに加え諦めの調子が混じる足音を残して。

通りに出ると、岸壁に並んだ馬と騎士らしき数名が商船から下船して来るのが見えた。
悪徳商人が護衛を同乗させるのは珍しくない。
しかし、大抵はごろつきやチンピラ、良くて傭兵あたりが相場で、ひと目でそれと分かるものだ。
そもそも甲板で馬に跨り一戦など有り得ないだろう。

不思議に思ったカロスは更に近づいてみた。
すると、それを見咎めた騎士風情のひとりが、

 「おい、そこの下賎の者、とまれ。
  用がないなら去れ」

 「……これは騎士様、とんだご無礼を」

カロスは騎士の胸元をジロリとやって、何事もなかったかのように歩き出した。

 「ヴィルタリア訛りに、
  軍衣の紋章もヴィルタリアのそれ、か」

気になったので、ある程度離れたところで振り返ると、騎士達は馬で港の北側奥へと向かっていた。

 「あの先はアスガルト……。
  王侯に仕える騎士が真昼間に悪徳の船、からか……」


カロスが向かった先は、港から東へ6キロ程歩いた所にある高台だった。
港を一望できるこの場所は、海から吹き上げる風の通り道にあたり、絶えず潮の香りがする。
カロスはアインツェルの墓の前にしゃがんで、

 「親分、貰い物でナンですが、
  なかなかの代物ですぜ」

ドクドクとラウモントから頂戴した酒をかけ流すと、白い墓標が赤っぽくなってしまった。

 「親分、酒、弱くなりやしたね……」

バカ騒ぎをしては、次々に酔いつぶれていく子分達を叱る事も無く、ただただ酒を呑むが決して酔わな
かった先代が懐かしい。勢いで腕相撲を挑んで腕を折られそうになったっけ。
ゆっくりと立ち上がり、

 「やっぱ、コヤビンじゃダメですぜ。
  それに、なんだかきな臭ぇ」

残りの酒をぐいーっと飲み干して港を見下ろすと、一隻の交易船が停泊していた。
その船からは荷が運び出され、王都から派遣された役人達が検品している。
ややしてから、マントの男が下船し、宿を決めるでもなく、そのまま町外れへと去って行った。

 − チカラ −




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