池田家の決断「池田恒興プレイリポート」(完結編)




     天は誰を選んだか?(1600年7月〜


いやぁー、死ぬかも、死ぬかもって言いながら1600年になりましたよ。
1600年といえば史実では関ヶ原の決戦があった年ですからねぇ、
本来なら羽柴秀吉も池田恒興も死んでるんだよね。

んで、その秀吉、寿命延長の家宝を持っていたんだよ。
なるほど、そりゃ死なないわな〜。
ちなみに我らが池田家ではどうなっているのか、

   ・医書大全 (一等級) 池田恒興
   ・徳本医方 (七等級) 鈴木重秀
   ・八十一難経(九等級) 長宗我部元親

3つの寿命延長の家宝を駆使して彼らは生き残っております。
前回、島津家を滅ぼして九州を平定しました。
残る勢力は山城、近江付近を支配している羽柴家。
東日本を支配している徳川家、そして西日本の残り全部が池田家です。

   さぁ、家康と戦いましょう。

羽柴家とはまだ同盟しています。
羽柴家と徳川家の両方を一度に相手するのは厳しいだろう事が予想できますよね。
結果、羽柴家とは同盟しておき、家康と戦う。これが正解に違いない。
いつかは秀吉を倒し天下を我が物にしようと考えていたのにね。

あ、でも、いまは秀吉が完全に下ですから、
秀吉もウチとは同盟を切りたくないはずですよ。うん。
同盟を組むために秀吉が自らコチラに来ましたからね。
そういえばお金を取られたり、家宝を譲ったり、
挙句の果てに娘まで持っていったからなぁ、

   色々納得できない事があります、一発くらい殴りたい。

が、いまは家康を叩かないといけません。
我らが池田家は同盟を組んでいる羽柴領を東に進み伊勢志摩の霧山城を目指します。
家康は秀吉と既に戦っており、その戦場は主に北陸地方なのです。
自然と兵力は北陸方面が多くなり、東海地方は手薄になっているのです。

 「父上、それでは徳川軍と戦ってきます。」

大坂、石山城に集結したのは九州征伐から帰って来た池田軍、その数、なんと五十万。
鉄砲も三十万丁そろっております、すげぇ、これなら家康も倒せる……といいな、
うん、ただ問題がある。こんだけ兵士がいても率いる武将が少ない、
島津家を吸収したとは言え、
本来、天下統一を成し遂げた徳川家にはもっと優秀な武将が揃っている。
さらに、戦国時代末期だというのに若くて元気な武将がたくさん残っているのだ。

 「ウチって死ぬほどピンチ? 正直羨ましいぞ。」
 「ん、なにか言いましたか? 父上?」

でも信じるしかない、
もう徳川家と雌雄を決する時がきたんだ。

 「さすがにここまで来たら生き延びたいものだ、
  輝政、わしはお前が平和な世界を見せてくれると信じておるぞ。」

うわ、まともなコト言った。恒興、まともなコト言った。
なにこの死亡フラグ、思いっきり死にそうな台詞じゃね?
とにかく恒興は戦場に出さないから大丈夫、
ちょっとでも戦場に出して変なところで討ち取られたりしたら大変だもの。

対島津戦と同様に大軍同士をぶつけあうのは危険だと判断した輝政は、
細川忠興、鈴木重秀、下間頼廉、島津義弘と共に鉄砲隊を編成し約三万を率います。
長宗我部元親、吉田政重、立花ギン千代らの足軽隊もまた約三万で伊勢志摩へ侵攻。

手薄な霧島城はあっという間に落城しました。
まだ家康は北陸で秀吉と戦っているハズ、兵は神速を尊ぶ、
輝政は軍をそのまま尾張清洲城へと向けました。
父上や以前の主君である信長のはじまりの城、清洲城。
ようやく帰って来れました。

まだ家康は北陸で秀吉と戦っているハズ、兵は神速を尊ぶ、
さらに三河岡崎城へと雪崩れ込もうと思ったのですが……、
そこはさすがの家康、すぐさま兵をまとめ岡崎城、岐阜城に配置しました。

全兵力を比率で表現すると池田200に対し徳川は約80程、
いかに徳川軍が精強でよい武将を揃えていて足軽技術を極めていたとして、
まともに戦えば池田家に負けはないと考えていたのですが、

 「若殿、一大事でございます!」

我らが池田家が誇る敏腕政治家、細川幽斎が飛んできました。

 「兵糧が足りませぬ!」

そうだ、大軍を輸送した後だわ!
兵士を輸送すれば、その道中、兵士はご飯を食べますよね。
五十万単位で兵士を動かしたら当然兵糧が心許なくなるんだわ!

 「……忘れてた!」

ゴメン、父上、輝政、これは単純にわたしの運用ミスだわ!
九州で島津家とドンパチを繰り広げた後、
「もう九州には兵士いらないから東日本に兵士を輸送した自分」のバカ、バカ!
さっきまで、負けない戦いが急に苦しくなったぞ。

清洲城に二十万の兵、とりあえず運びきった。
徳川軍は美濃岐阜城に八万程、三河岡崎城に十万程、
そのほか甲信越にも兵士をある程度残している。
んで兵糧に関しては徳川勢の方が多く持っているくらいです。
うーん、これは痛いなぁ、二十万の兵で篭城しちゃったら速攻兵糧切れだわ。
なので、すこし攻める手を休めて兵糧の回復に努めます。

対する徳川勢は着々と防衛体制を整えています。
やっぱり兵は神速を尊ぶんですよ、速攻が止まったら相手のペースにハマっちゃう。
ここから池田家と徳川家で壮絶な殴り合いがはじまります。

清洲城から岐阜城を攻略した池田軍は、羽柴軍と協力して北近江長浜城を攻略。
これに対し、徳川軍は信濃高遠城、飛騨桜洞城、三河岡崎城から断続的に岐阜城と清洲城を攻撃。
徳川家康本人が、本多忠勝ら優秀な武将たちを引き連れて攻撃してくるのでつらい。

前回まで島津家について書いていた独自技術。
実は徳川家にもありまして、あ、知ってる、そうですか、
いちおー知らない人の為にちょっと説明的に書いて見よう。

徳川家の独自技術は「三河魂」というモノ、
愚直なまでに徳川家に忠節を尽くす「三河侍」を表現しているこの技術は、
足軽隊の足止、動揺状態を防ぐモノなんだ。
ちょっとやそっとでは動かない、退いてくれない、厄介なモノ、
それが絶え間なく攻め込んでくるのだからたまったもんじゃない。
その殴り合いも3年続いたある日、ついに長宗我部元親、死亡。

このままではいずれ我らが池田軍がジリ貧になっちゃうかも、
焦った輝政らは岐阜城の兵を清洲城に集結、
岐阜城を捨て岡崎城に奪取する事にしたのです。

こうして前線を破った池田軍はそのまま東へ東へ進軍、
駿府城、小田原城、岩付城を立て続けに攻略、
さすがの家康も焦ったのか高遠城、桜洞城からの攻撃が一旦止んだのです。

   これで行けるかも!?

その時、朝廷の遣いが派遣されてきました……。

 「朝廷の顔を立てて、徳川家と同盟を結んで貰えないか?」

恒興びっくり、

 「……はっ?」

朝廷の顔を立てた結果、拒否できずに同盟締結。
ここに池田、徳川の同盟関係が出来上がり、
現時点で最も本城を支配している池田家を盟主とする連立政権が誕生。
乱世は終わり太平の時代が訪れたのです……。

簡単に言うと、こういうコトだな?
家康は池田家に恐れをなして池田家と同盟を結ぶために朝廷に頼った。
つまり、我々は天下を平らげたのだ!

ここで、同盟を組まないで徳川家と死力を尽くして戦うのも有りなんでしょうけど、
何が怖いって、恒興の寿命がいつ途絶えるか……。
長宗我部元親も死んじゃったし、恒興もいつ死ぬかビクビクしている状態。
それなら、連立でも仕方ないかな〜っていうのが本音。

 「……乱世が治まるのを、この目で見れるとは思わなかった。
  出来ることならば、信長公にも是非見ていただきたかった……。」

長かった今回のリプレイもこれで終わりです。
なんとかエンディングまで来れましたが、なんかスッキリしませんねぇ〜
やっぱり単独政権がいいよ……でも寿命が怖い……。
なんかリプレイ失敗のような気分です。

今回の敗因を考えて見ましょう。やっぱり兵糧でしょうか?
どんなに兵力を誇っていても、それを動かす兵糧がなければ戦えないんです。
当たり前のコトですが中盤頃からすっかり忘れていました。

後は文化振興に不慣れだったし、
名声を上げる施設の建設がコンピュータ大名と比べて遥かに少なかった、
パワーアップキットを上手く使いこなせてなかったです。

次回はもっとスマートに単独統一を果たしたいモノです。
そんな感じで今回は終わり、おつかれさまでした。


   〜〜〜 これまでの主な出来事 〜〜〜


 1600.07 岸和田より出陣した池田軍は徳川家の伊勢志摩霧山城を攻略する

 1601.01 徳川城の尾張清洲城を攻略する

   .06 羽柴家との同盟が切れる

      羽柴家の播磨姫路城を攻略する

      羽柴家が池田家に同盟を申し込む

      徳川家を朝敵にする

 1601.07 美濃岐阜城、北近江長浜城、尾張清洲城付近で徳川家と乱戦状態に入る

 1603.07 長宗我部元親、死去

 1606.01 池田家は手に入れた美濃岐阜城から清洲清洲城へ撤退する

      その後、清洲城から岡崎城を攻撃し東海地方を東進する

 1609.01 徳川家が朝廷を介して同盟を申し込んでくる

      池田を主とする、徳川、羽柴の連立政権で天下統一する